左足の激痛に、私の意識は強制的に覚醒させられた。 いつの間に地面に落ちたのか、私はうつ伏せになってコンクリートの上に倒れていた。 とはいっても、あの少女の立ち位置が変わっていない所を見ると、どうやら一瞬意識が飛んだだけらしい。 痛みをなんとか堪えつつ、鈍い思考で自分の状態を確認してみる。 (――まずい、かな……これは) 視界はかすむし、呼吸もままならない。身が焼けるような痛みも相まって、意識を保つのがやっとだ。 体は冷え切っていて、まったく言うことを聞いてくれない。持ち前の回復力で今は血が止まっているが、どうやら既に相当な量の血が流れ出てしまったようだった。 うつ伏せなので傷は見えないが、セーラー服がぐっしょりと濡れているあたり、恐らく見事な血溜りが出来上がっているのだろう。 一番の痛手は、妖力の殆どを削られたことだろうか。今の状態じゃ、空間操作が出来ないので武器一つ出せない。火を起こすにしても、大した火力は望めない。 そんなことを考えているうちにも、少女はじりじりとこちらに近づいてきていた。 「そういえば、狐さん。さっきM500のことを世界最強と呼んでましたけど、ハンドメイドの物も含めれば、最強はパイファー・ツェリスカですよ?」 いきなり、少女はそんなことを言い出した。何故こんな状況でそんな話をするのか…。 パイファー・ツェリスカ―――確か、ライフル用の銃弾を撃ち出す拳銃だったか。確かに威力では最強の拳銃だろう。けれど、 「…まともに拳銃として扱えないような物が、最強なわけが無いでしょう」 「え?撃って心地良いとは言えませんけど、そこまで酷くは無いですよ」 「……」 何というか…。 この少女は、何か根本的なところが完全にずれてしまっているような気がする…。 「まあ、それも存在が公になっている物の中では最強、というだけのことです。公開されていない物も入れれば、最強は間違いなく――この子ですよ」 そう言って、少女は右手を軽く上げ、その手に握っている――先ほど私の左足を吹き飛ばした銃を、私に示した。 改めて見ると、それは明らかに異質だった。 黒く光沢を放つ銃身に、暗いブラウンのグリップ。フォルムは一般的なリボルバー式拳銃のそれだ。 が、その大きさは、パイファー・ツェリスカをも超えている。 少女の華奢な手とはあまりにも不釣合いで、当然、その手に収まりきっていない。 片手で持っている今の状態では、引き金に指がかかっていない。撃つときは両手を使っていたが、それでも安定はしなかっただろう。 「本当は弾薬もオリジナルのものにしたかったんですが、それだと費用が馬鹿になりませんからねぇ。まったく、もうちょっとお金があれば、市販レベルの弾なんて比じゃないほどのを作れたのに…」 リボルバーの奇妙な長さからして、装填されているのはライフル用。となると、.460ウェザビー・マグナム?冗談じゃない…。 「っと、まあ、それは置いといて。さて、狐さん、私に何か言うことがあるんじゃないですか?」 「……?」 はて、これはまた急な話だ。つい先ほどまで死闘を繰り広げ、こちらは満身創痍。『何か言い残すことは無いか?』とかならまだしも…何を言えというのだろう、この少女は。 軽く首を傾げてみる。 ゴツッ、と巨大な拳銃の銃口が容赦なく額に突きつけられた。地味に痛い。 「何ですか、そのリアクションは?アレですか、戦いに必死になったらそれ前後の記憶が飛んじゃうとか、そういうタイプの人ですか?」 失礼な。そんな残念なキャラ付けはされてない。 …戦う前というと、この少女にそこらじゅう追いかけ回されて――その原因は何だったか。確か喫茶店でプリンを食べて、そしたらこの少女に声をかけられて…… 『そこは私の席ですよ?』 『盗み食いはいけません』 とか言われた気がする。…ああ、なるほど。あのプリンは彼女が頼んだ物だったわけだ。 となると―― 「さあ、あなたの言うべきことは何です?狐さん」 言うべきことは……それは、誠心誠意を込めての、一言。 「―――ごちそうさまでした」 ドガァッ、と爆音が響く。しかし、私は銃弾を食らう前に、腕の力を使って横に跳んでいた。 「あなたは少し、妖怪の回復力をナメ過ぎです」 あれだけの間他愛の無い会話をぐだぐだと続けていたのだ。とても全快とは言えずとも、ある程度の体力と妖力は回復していた。 跳躍から着地までの間に、左手にベレッタを構え、着地と同時に一発。あの銃の音を聞いた後では、ベレッタの銃声が何ともかわいらしく聞こえた。 完全に不意を着いたはずの一撃は、しかし少女には当たらず、右こめかみ辺りを掠めてゴーグルを引き千切っただけだった。 (左足の所為か…けど、それで充分ッ!) 私は武器をもう一つ右手に構えている。そしてそのピンを咥えて引き抜き、一瞬の怯みを見せた少女の前に放り投げた。 それがアスファルトとぶつかって小さな金属音を立てると同時、少女が目を開ける。 「ッ!スタン―――!?」 直後、閃光が弾けて辺りを包み、強大な破裂音によって少女の驚愕の声はかき消された。 私は両腕で顔と耳を覆いつつ、破裂の前には既に飛び退いていたが、それでも影響が全く無いわけではない。 いくら怪物並みのスペックがあろうと、あれをまともに食らってはしばらく動けまい。 「くぅ、このっ……!」 少女は悔しげに呻きながら、左手で目を押さえていた。 (所詮は人間、詰めが甘いところは変わらない、か。片足でこれ以上戦闘を続けるのは流石に無理だし、さっさと逃げてしまおう…) 私は少女に背を向け、跳んだ。数秒間体が浮いて、着地。跳躍距離は獣数メートルほどだった。 (むぅ、片足だとやっぱり動き辛い…。頑張ればいけるか?) そんなことを考えていたときだった。 「逃がしませんよ」 少女の声。 驚いて振り向くと、少女は未だ顔を顰めて目を瞑りながらも、こちらを向いていた。気配でこちらの大まかな位置を探っているのだろう。 更に少女は、何も持っていない左手を持ち上げ、手のひらをこちらに向けた。 (何か――嫌な予感がする…!) すぐにその場を去ろうと、私は一本足で思い切り屈み、バネを使って一気に跳んだ。 その瞬間。 ヒゥン、と、何かが空を切る鋭い音が響き、私の体が右脇腹から左腰にかけて一直線に、その延長にある右腕も含めて切断された。 「ッ、あ……?」 あまりに突然の出来事に、声も上げられない。 私はそのまま落ちて地面を転がり、中身をアスファルトの上に盛大にぶちまけて、仰向けになって止まった。 (ぐぅ…マズ、い―――) 流石に、これだけの損傷は多少の時間では治らない。 人間なら当然即死。しかし、妖怪の私はこれでもまだ死に切れない。 少しして、わずかに視界を回復させた少女が近づいてきた。 「どうです?私の隠し玉。割と、こっちの方が得意だったりするんですよ」 少女が話しかけてくるが、私はぼやけた視界に相手を映し、呻くことしか出来ない。 「全く、ちょっと謝罪の気持ちを見せてくれればそれで良かったのに……。あんな態度だから、こうしないといけなくなるんですよ?」 言いつつ、少女は私の左肩に足をかけ、一気に体重をかける。ゴギリ、と嫌な音が響いた。 「ぁが…っ、……っ!?」 満足に悲鳴も上げられない。濁った声とともに、喉に溜まった血がごぼごぼと音を立てるばかりだった。 「あれ?真っ二つにしちゃったのはミスでしたねぇ。悲鳴も上がらないんじゃあ、面白くないです」 少女は、暢気に笑う。そこらじゅうが血で染まっている今の状況に、少女の陽気さはあまりにも合わない。 「まあ、あなたみたいな妖怪なら、殺したってまた何処かから沸いて出るんでしょうし、そろそろ終わりにしましょうか」 少女はそういって、あの巨大な拳銃を私の眉間に当てた。 頭丸ごと吹き飛ばす気なのだろう……。 私の意識は徐々に薄れていった。 「―――では、また何処かで」 |