「匿ってください」 先ほど捻り倒された俺が起き上がり、何事も無かったように狐少女サキツネは自己紹介(名前だけ)を始め、俺もその流れで名前を名乗ってから数秒後。 何の前置きも前触れも無く、突然サキツネはそう言った。 「何の話だ」 「何って、そのままですよ。実は私、人から追われているんです。しかし、相手も暫くすれば諦めると思うので、それまでここに置いて欲しいのです」 益々分からん。はっきり言ってこんな珍妙なモンを助けてやる義理など無いわけだが、まあ、拾ったのは俺だし・・・。 仕方ない。まずはいろいろと話を聞くことから始めよう。 「そう言われても、俺はまだ状況が良く分からんからな。先に幾つか訊いていいか?」 「何でしょう?」 「じゃあまず、俺が拾ったときには子いn・・・もとい、子狐だったのに、何で今はそんな姿なんだ?」 「そ、そこからですか・・・」 限がねぇよ、といった感じで大きく溜息を吐かれた。 仕方ないだろう。俺はさっきからそれが気になって仕方なかったんだから。 サキツネは少し悩むように唸った後、話し始めた。 「私は妖怪みたいなものなんです」 「・・・」 ああ、何処へ行ってしまったんだ俺の日常よ。 「狐火とか出せますよ。ほら」 シュボッ、と音を立ててサキツネの指先から青白い炎があがり、ゆらりと奇妙に揺れた。 「これ以上俺の日常を壊すな!」 訊かなければ良かった・・・。しかし、そんなことを言ってももうどうしようもない。 俺はサキツネに続きを話すよう促した。 「普段は幾らかの妖力をもってしてこの姿なのですが、あの時は追っ手の攻撃でボロボロでしたからね。 妖力が足りず、獣に近い姿になっていたわけです」 つまり、追っ手のXさんにやられちゃった、というわけか。 「ってちょっと待て。なんだその聞くからに危なそうな追っ手は」 「・・・・・・奴は鬼です」 そんな奴から匿えと仰るのですかサキツネさん!?頼む相手が違うだろ、絶対! 「せめて妖力が全快なら逃げ切れる相手だと思います。だからそれまで、ここを使わせて欲しいのです」 「なるほど。分かったような、分からないような・・・」 サキツネは表情が変わらないのであまり読めないが、それでも切羽詰っている状況だということは何となく伝わってきた。 しかし、こいつを匿う前に訊いておかなければならないことはまだある。 「もう一つ聞かせてくれ。そもそもお前は何で追われてるんだ?」 「ああ、それはですね―――」 あれ?なんか口調が軽すぎるような・・・? 〜〜〜〜 私、サキツネは、いつものように町を歩いていた。 特に行くあても無いので、ただ適当に、気の向くままにぶらぶらと。これは私の日課、というよりライフスタイルである。 時刻は十二時をまわろうとしている頃で、私は少しばかり空腹を感じていた。 そんな時、ふと、何やら甘く美味しそうな香りが漂ってきた。 そちらに目をやると、そこにあったのはちょっと洒落た感じの喫茶店。そして、店の外のテーブル席には、クリームやフルーツで綺麗に盛り付けられたプリンが一つ。香りの正体はどうやらそのプリンらしかった。 テーブルには誰も居ない。 自然と、ゴクリ、と喉が鳴った。 「・・・こんな美味しそうな物を放置しておく方が悪いのです。これじゃ、食べられても文句は言えませんよ。うん」 言いつつ、テーブルに近寄って手を合わせる。そして、いただきます、と一礼。 幸い、人が戻ってくる様子はなかった。 「まあ、姿は見えなくしてありますから、誰か来たって問題ないんですけどね」 一人呟いて、スプーンを手に取る。 そして皿を持ち上げ、プリンをすくって口に運び、 「何してるんですか?」 皿を傾けてその上の物を一気に飲み込んだ。 「そこは私の席ですよ?」 突然だった。全くといっていいほど気配を感じさせずに、そいつは私のすぐ後ろまで来ていた。そして、私の肩に手を置いて、声をかけてきたのだった。 私の姿は今、普通の人間からは見えないはずなのに。 恐る恐る振り向くと、そこに居たのは、見た目自分と同じくらいの少女だった。 背丈は、自分より少し高い。 整った顔立ちで、髪は淡いブラウン。赤いニット帽と、同色のマフラーを身に付けている。 服装は、そろそろ春の陽気も感じられる頃だというのに、黒いダッフルコート。 下はチェック柄のミニスカートで、ロングブーツを履いていた。 その少女は、にこやかに微笑んではいるものの、目にはしっかりと怒りの色が見えていた。 「盗み食いはいけません」 少女は、表情を崩さず坦々とした調子で言う。 私は必死に首を横に振り、違いますよアピールをし 「口の周りのクリームが、全てを物語っていますけど―――って、あ!」 ―――たが通じなかったので、全速力で逃走した。 |